本作では2000年代初頭と1930年代、二つの時代が平行して語られます。現代パートは、絶対味覚=麒麟の舌を持ちながらも料理への情熱を失ってしまった主人公・佐々木充が、関係者たちの証言を集めながら「消えたレシピ」の解明に挑むミステリアスな展開。そして過去パートは、太平洋戦争直前の1930年代を舞台に、レシピ作成に人生を捧げた、もう一人の麒麟の舌を持つ料理人・山形直太朗と、彼の信念を支え続けた人々の運命を描きます。
一度食べた味を完全再現できる、絶対味覚=“麒麟の舌”の持ち主。依頼人が「人生最後に食べたい料理」を再現して高額の報酬を得る、通称・最期の料理人。幼少時に両親を亡くして以来、施設で育ち、自らの才能だけを頼りに生きてきた。料理人に感情は不要、技術の研鑽こそ真髄という信念を持っており、他人に心を開かない。
充の唯一無二の理解者。大衆中華料理店の雇われ店長として生計を立てている。幼少期に親に棄てられた過去を持ち、充と同じ施設で兄弟同然に育ってきた健は、充の才能の最初の発見者でもある。口は悪いが、根は優しく情にもろい。料理への情熱を失ってしまった充を心配して、なにかとおせっかいを焼く。
世界各国のVIPが彼の料理を食べに来るという、中国料理界の重鎮。どんな料理も再現できる充に『大日本帝国食菜全席』の復元を依頼する。楊は1930年代、満州で山形直太朗の調理助手としてメニュー作成に協力したが、消息を絶った直太朗とともにレシピ集も散逸されたという…。
絶対味覚=“麒麟の舌”を持つ料理人。元・天皇の料理番として宮内省に勤めていたが、[大日本帝国食菜全席]作成のため、満州に渡る。メニュー開発をすすめるうちに、日本と他国の料理を融合して新たなレシピを生み出すことが、民族間の相互理解の助けとなり「料理をもって和を成せる」という考えに至る。その理想に人生すべてを捧げることとなるが、太平洋戦争開戦直前に、レシピ集とともに消息を絶った。
直太朗の妻。直太朗と一緒に満州に渡り、公私ともに夫をサポートする。優しさだけでなく、行動力も兼ね備えており、レシピ集の作成にも積極的に協力する。メニュー作りに没頭するあまり、周囲から孤立する直太朗を支え続けるのだが…。
直太朗の調理助手として雇われた若き料理人。戦時下の混乱で直太朗が消息を絶つ前に、最後に会っていた人物。料理の腕は見習いレベルだったが、直太朗に師事するうちに彼の料理と理想に感銘を受け、修行に打ち込んでいく。やがて現代と過去をつなぐ、ある重要な役割を担うことになる。
満州国ハルビン関東軍司令部に籍を置く、大日本帝国陸軍大佐(のち少将)。直太朗を満州に招聘し、清朝の宮廷料理として世界にその名を轟かせる「満漢全席」を超えるフルコース料理、『大日本帝国食菜全席』の献立作成を命じる。その目的は日本の威信を諸外国に示すことであり、目的遂行のためには手段の是非は問わないという、極端に国益重視かつ結果主義な思想を持っている。